性格と間違われやすい「慢性のうつ病(気分変調性障害)」について

慢性のうつ病(気分変調性障害)とは


大うつ病を併発しやすく、摂食障害や複雑性PTSD(あるいは特定不能の極度ストレス障害:DESNOS)とも重なり合う「気分変調性障害」は、かつては「神経症性抑うつ」「抑うつ神経症」あるいは「抑うつ性人格」などと呼ばれており、「病気としてのうつ病」とは少し違って、「性格的なもの」と考えられていました。

そもそも神経症という言葉は、1980年のDSM-IIIで廃止されましたが、便利な言葉なのでいまだに使われていますし、私自身も病態水準の診立てには神経症水準という考えは有用だと思っています。

神経症とは、精神分析の説明では、「無意識の葛藤が不安や恐怖を引き起こし、それを防衛する心理メカニズムが各症状を生じさせるもの」とされています。簡単に言うと、無意識の葛藤も防衛メカニズムもどちらも症状に関与しているという、いわばにっちもさっちもいかなくて、膠着した状態ですよね。

しかしながらSSRI、SNRIなどの新規抗うつ剤が登場し、また認知行動療法や対人関係療法など、治療効果が科学的に証明された治療法が確立され、それまでの「無意識の葛藤」といわれていた状態も治療で良くなることが明らかになったため、「抑うつ神経症」と呼ばれていた慢性のうつ病は、「気分変調症性障害」という分類の登場によって、治療可能な病気として認められるようになったのでした。しかしながら、いまだにパーソナリティの病理なのか生物学的な疾患なのか、うつ病なのか、双極スペクトラムなのか、と、その病態についての議論が続いています。

2013年に発表されたアメリカ精神医学会の診断基準DSM-5では、気分変調性障害は「慢性うつ病性障害」と名称が変更され、診断基準も若干変更になりました。

診断基準からは、『この障害の最初の2年間は(小児や青年については1年間)、大うつ病エピソードが存在したことがない。すなわち、障害は「大うつ病性障害、慢性」または「大うつ病性障害、部分寛解」ではうまく説明されない』と、『躁病エピソード、混合性エピソード、あるいは軽躁病エピソードがあったことはなく、また気分循環性障害の基準を満たしたこともない』とが削除され、「(大うつ病、双極I型、II型における)大うつ病エピソード、慢性」と、およその「気分変調性障害」とが合わさったものを新たに「慢性うつ病性障害」として、双極I型、II型、双極性ではないものの区別の適応も提案されています。


気分変調性障害はありふれた病気

そもそも、一生涯で気分変調性障害を患ってしまうのは、人口の約6%とされています。約16〜17人に一人がこの病気にかかっていることになります。また女性では男性の2〜3倍多いとされていますが、小児では性差がないといわれています。さらに、気分変調性障害の患者さんの家族の84%に大うつ病などの気分障害があるともいわれています。

思春期に気分変調性障害を発症すると、単に「難しい年ごろ」「思春期の悩み」ですまされてしまうことが圧倒的に多いでしょうし、こういう人たちは、自分が気分変調性障害という病気にかかっているなどとは自覚していません。また、気分変調性障害の方は、物心がついてからずっと暗い気持ちだった、とおっしゃることも多いのですが、思春期の悩みどころか、「自分は生まれながらにしてのできそこない」だと思っている人もとても多いのです。

大うつ病性障害になる人は、明らかに「前とは変わった」「うつになった」という状態になりますので治療につながることが多いのですが、気分変調性障害の場合は、多くが思春期にひっそりと始まり、成人してからもずっと持続しているので、うつ病という病気ではなく「性格の問題」として見られていることが多いものです。

一般に、気分変調性障害という病気の治療を希望して医療機関を受診する方はほとんどいません。気分変調性障害の方が、さらに急性のうつ病も患って「二重うつ病」という状態になったときに初めて受診に至ることは多いものです。ちなみに初診時にすでに59%が「二重うつ病」に罹っていたと報告されています。さらに治療経過中に、なんと97%もの患者さんが大うつ病性障害を発症してしまうそうです。つまり、気分変調性障害の患者さんのほとんどが大うつ病性障害より重篤で、自殺のリスクも高い「二重うつ病」を合併してしまうのです。


気分変調性障害はほかの病気を併存しやすい

アルコール乱用や薬物乱用、摂食障害などの方の病歴をよくよく聞いてみると、実は中学生のころから気分変調性障害があって、そこから生じる症状としての「自信のなさ」「憂うつな気分」「不安」を何とかしようとしてアルコールや薬物に手を出したり、ダイエットに走った結果、摂食障害になったりした、人からの評価にネガティブな敏感さを強め、社交不安障害の診断基準を満たすほどになったというケースも少なくないのです。実際、別の報告では、気分変調性障害の患者さんの46%が不安障害を、39%が大うつ病を、30%が薬物乱用を合併していたそうです。

このように併存障害を持つ事は、病状を複雑にし、悪循環を創り出し、治療の課題を増やす事になります。「うつ病は国民病」と言われ始めた現代にありながら、いまだにうつ病への理解が啓けていないのが現状ですよね。ましてや、気分変調性障害にいたっては、性格の問題という誤った理解を払拭するまでにはまだまだ、ずいぶん時間がかかるみたいです。

哀しい実話ですが、医療者でさえ気分変調性障害を性格の問題と認識することで、ただでさえ自尊心の低下や絶望感という症状が出やすい患者さんたちは、「自分が悪い」、「周りに迷惑をかけて申し訳ない」と自責感や罪悪感が強まり、抜け出せないうつの深みに沈んでいきますよね。挙げ句の果て、パーソナリティ障害という診断をつけられ、治療から見放されるという事態を見聞きするにつけ、トラウマティックな体験をしていらっしゃる方が多いだけでなく、医原性のトラウマを防ぐためにも、患者さん自身に正しい知識を身につけていただく必要を痛感しています。


気分変調性障害の人の考え方の特徴

水島先生の『対人関係療法でなおす 気分変調性障害』の冒頭に、「本書を読んでいただきたいのは、こんな方です」という見出で、

・自分は人間としてどこか欠けていると思う。
・他の人は苦しいことにもしっかり耐えているのに、自分は弱い人間だと思う。
・自分は何をやってもうまくいかない。
・自分は何か、為すべき努力を怠っているような気がする。
・人が「本当の自分」を知ってしまったら、きっと嫌いになるだろう。
・「○○したい」というのは、わがままなことだと思う。
・自分が何かを言って波風を立てるくらいなら、我慢した方がずっとましだ。
・自分の人生がうまくいかないのは、自分が今までちゃんと生きてこなかったからだ。
・人生は苦しい試練の連続であり、それを楽しめるとはとても思えない。
・これから先の人生に希望があるとは思えない。


という感じ方を挙げておられます。

『慢性うつ病の精神療法』の著者であるマカロウは、慢性うつに陥っている人に特徴的な現象として、対人的認知に関わる思考が、通常の因果的系列を構成しないことを指摘しています。たとえば、慢性うつ病(気分変調性障害)の人はある出来事から、読唇術的に他人の思惑を勝手に読み取り、"自分が特別に否定されるべき存在だ"というような客観的視点からかけ離れた結論を導き出す傾向にあるといいます。
マカロウは、このような特徴をピアジェのいう『前操作的段階』、つまり他者の視点・立場から物事を考えることが難しい、客観的根拠のない直観的思考の段階にとどまっているといいます。

このような『前操作的理論』と関連しているのが、慢性うつ病の人に特有の認知の枠組みで、常にそれを通して世界を見る「すりガラス」のように、頑迷に保持していると言われています。その結果、さまざまな出来事は、結局この「すりガラス」の正しさを裏づけるものとして彼らの前に立ち現れることになります。それどころか、彼らは、実際の対人関係がこの「すりガラス」を裏づけることになるように自己と他者にひそかに圧力を加えてさえいるといいます。

慢性うつ病の患者は、常に抑うつ的なわけではありません。あたかも非連続的な段差が存在しているかのように急に深い抑うつの中に陥ったかと思うと、いつの間にか元の状態に戻る、という変動を繰り返しています。このような変動が、双極性に見えなくもないわけです。

周囲の出来事や彼ら自身の思考が独特な認知の枠組みに関わる内容(=「すりガラス」)に触れたときに、カタストロフィックな変化が生じ、「前操作的」思考と抑うつ状態が現れると推測されています。

たとえば。
ある女性Aさんは、最近太ったのではないか?と一日に何度も体重計に乗っていました。
体重は正常でも日内変動がありますけど、体重計の針が朝より増えていたとき、Aさんは愕然として、彼氏のBくんに聞きました。

A「私、太ったでしょ?」
B「そうかなぁ?変わらないけど。」
A「うそっ!太ったでしょ?!」
B「見た目は全然変わってないよ。」
A「だって体重が増えてたのよ!」
B「ほんの少しだろ?太ってないってば。」
A「でも体重が増えたってことは太ったってことよ。」
B「うるさいなぁ。太ったって言って欲しいの?」
A「やっぱり太ったんだ。。。私、もう死にたい。。。」


独特な認知の枠組みである「すりガラス」の正しさを裏づけることと、対人操作という圧力ってこんな感じです。わりとよくある話と思いませんか?

却説(さて)、このような認知の枠組み(すりガラス)と社会的同一性の獲得には関係があり、彼らの独特の世界観が、社会的同一性の獲得・維持を押しとどめていたり、阻害していたりする場合が少なくないといわれています。
このような独特な認知の枠組み(すりガラス)が性格的な特性に見えるし、対人操作性がパーソナリティ障害と見えるのでしょうね。

対人関係療法の考え方の根拠には、うつ病の最中には、多くの人が「パーソナリティに問題がある」というふうに見えるけれども、うつ病が治るとその多くが消えたり和らいだりするというデータがあるのです。また本当にパーソナリティ障害がある場合でも、うつ病に対する対人関係療法の短期治療の結果には意味のある影響を与えないということがわかっています。

本当にパーソナリティ障害がある方の場合、治療でぶつかる一番大きい問題は治療者との信頼関係がうまく築けないということです。ただし、対人関係療法では、治療者への不信感があったとしても、それも治療の一つの課題として話し合って前向きに取り組むことが出来ます。そのような作業が出来ている限りは、治療の恩恵を受けることができると思います。


気分変調性障害の治療

典型的な「うつ病」に対して効果の高い抗うつ薬も、慢性うつ病に対してはそれほど効かないことが知られていました。さらに、対人関係療法とともに効果が実証されていて、「うつ病」に対し薬物療法を凌ぐ効果がある「認知行動療法」も慢性うつ病(気分変調性障害)や、パーソナリティ障害に合併したうつ病に対しては思ったほど成果が得られないことが示されています。

気分変調症の精神療法研究の第一人者であり、水島先生の兄貴分でもあるマーコヴィッツらは、大うつ病を重複していない気分変調症患者に対して、対人関係療法、短期支持的精神療法、セルトラリン(ジェイゾロフト®)単独、セルトラリン(ジェイゾロフト®)と対人関係療法の効果を比較しました。
結果は、セルトラリン単独と対人関係療法との併用との間に有意な差は認められなかった(反応率は55〜57%)のですが、併用療法のほうが薬物単独と比較して寛解率がわずかに高いことと、対人的機能に改善がみられたことから、「薬物が気分変調症治療の第一段階、精神療法はなお重要な補助的な治療である。」と結論しています。

故・樽味伸は、慢性うつ状態に対する薬物処方が、しばしばさまざまな抗うつ薬と抗不安薬による多剤併用へと発展し、必然的にいわゆる薬理学的彷徨の様相を呈しはじめると、
それが患者の心的弾力性の風化を促してしまう(結果として彼らの認知的症状をさらに強化してしまう)危険性を指摘しています。
それを予防するのが、彷徨の途中に差し込まれる「精神療法的補完作業」(たとえば「主役は抗うつ薬ではなく、あくまでも受療者自身であること」を繰り返し確認することなど)であるといいます。マーコヴィッツの見解と重なり合いますよね。


マカロウらの提唱している、慢性うつ病の患者が前操作的な思考から脱却し、実生活の中で目的達成的で理論的な思考が出来るよう介入する「認知行動分析システム精神療法(CBASP)」を検討した結果では、薬物療法で48%、CBASPのみでも48%に「満足のいく反応」以上の効果が上がり、併用の場合では73%に効果があったといいます。

つまり、脱落率や機能的改善、あるいは治療抵抗性症例に関しては、対人関係療法やCBASPと薬物療法の併用療法の方が有効ということですよね。
独特の認知の枠組みと対人操作性を特徴とする気分変調性障害に対し、認知の枠組みを改善しようとする認知行動療法は効果に乏しいのに、対人関係療法が、有効性を有するのはなぜなのでしょう?


対人関係療法による慢性のうつ病(気分変調性障害)の治療

おそらくそれは、対人関係療法が、基本的に患者の代弁者としての温かい立場をとり、評価を下さない肯定的な関心を患者にそそぐだけでなく、(これだけなら、ピグマリオン効果やホーソン効果と変わりありません)「共感」と「教育」の両立である治療法であるからだと水島先生は書いておられます。

共感というと、カウンセリングのキホンみたいに言われますし、「ツライですよね、と言われるだけで満足できるの?!」という疑問もあるかと思います。対人関係療法に限らず、無条件の肯定的関心を伝え、共感的態度で話を聞くことは、それ自体に治療的効果があります。

長年の病気の歴史の中で、何よりも対人関係の力が落ちてしまっていて、自分ができそこないだと思っている人には、前向きな人間関係を作ることは難しかったでしょう。実際に、気分変調性障害の方の多くが独身ですし、恋愛関係を一度も持ったことがないというケースも少なくありません。職業的にはどうにか機能していても、常に自分をさらけ出さないように努力している、ほめられても喜べず、自分が本当はニセモノであることがいつ露見してしまうだろうか、とビクビクする、というような人も多いのです。
対人関係は気分変調性障害の人にとってはとても大きなテーマですから、「対人関係療法」は期待できそうなところですよね。

対人関係療法では限られた期間における変化を目的としていますので、そのためには変わろうとする意志(意欲)が重要になってきますが、「変われ」と言ってその気になってもらえるものではありません。そういう意味で「危機介入、対人関係の改善、社会適応能力を向上させるための指示・助言等の働きかけ」という一般に精神療法と信じられている方法が無効なのです。(←重要)

変わることへの不安をよく表現してもらい、それを共感的態度で聴くことによって、患者の現状へのしがみつきを軽減する必要がありますよね。しかしながらここでも、患者さんは「変われない自分」に罪悪感をいだいているものであり、「変われ」と言われれば言われるほど、その罪悪感が刺激され、不安が高まり、ますます変われなくなります。つまり、「精神面から効果のある心理的影響を与えることにより疾患に起因する不安や葛藤を除去し、情緒の改善を図り洞察へと導く」という力動的方法も効果に乏しいということになります。

「変われない自分」を無条件に認めてもらうことは、罪悪感の手放しにつながり、不安も減じ、変化へのハードルが下がります。「話を聴いてもらっただけで良くなった」と言う人がいらっしゃるように患者さんの「あるがまま」を受け入れることは、罪悪感を減じる効果があります。自分の感じ方が不適切だと思っている人にとって、ただ共感的態度で聴いてもらうことには、感情を正当なものとして認めてもらうという意味があります。

対人関係療法で用いられる「感情の励まし」や、治療者が患者の話に関心を持って耳を傾けるという「探索的技法」も(一般には「傾聴」と呼ばれます)、感情を正当なものとして認めるという意味づけを持っています。対人関係療法の治療者は、患者の味方としての立場を明確にして治療に臨みます。自らの感情が「正しい」のかどうかがわからない、という患者さんにとって、治療者が「患者さんの感じ方は正当なものだ」と肯定することには、大きな意味があることは当然ですよね。

うつ病患者は、急性だろうと慢性だろうと自責感や罪悪感を強く持っているものですが、
とくに慢性のうつ病の場合には、病気としての注目を浴びるチャンスが少ない分、その自責や罪悪感はさらに強い傾向にあります。

そこで必要になってくるのが、支持的精神療法とも共通する
 ・感情を解放すること
 ・患者が理解されたと感じられるよう助けること
 ・強い治療同盟を築くこと
などの非特異的因子ですし、
とくに対人関係療法の治療者として必須とされる
 ・患者の代弁者としての温かい態度
つまり、「無条件の肯定的関心」である「共感」と同時に、病気でありそれを治療するというエビデンスに基づく科学的認識(「教育」)がとても重要ということですよね。

患者さんの多くが「自分は性格が変だから、何事もうまくいかない」というふうに、パーソナリティ障害の自己診断をしています。「自分は性格が変だから」ではなく、単に「気分変調性障害という病気にかかっているから、その症状のために」うまくいかないのだ、ということを理解させることが、「医原性役割の変化」という考えに基づく対人関係療法です。

「医原性役割の変化」は、現在の自分を「病気の自分」と定義し、「健康な自分」という新たな役割へと移行していくところに焦点が当てられています。大人になる前の発症の場合、これは全く新たな目で自己と社会を見ていく、ということにもなり得ます。
それは、本人にとっても重荷を軽くし、取り組むべき課題を明らかにすると同時に、周囲の人たちにとっても、どんな結果が期待できて、自分たちはそのためにどんな役割を果たせるのか、ということを明確にします。

これは対人関係における役割期待のずれを埋めていくためにも非常に有用な考え方ですし、さらに対人関係療法は期間限定で一定の変化を起こす治療ですから、患者の代弁者=治療者が最も率直なコミュニケーターになることが「治療者だったらこういう質問をするだろうな」ということを患者さん自身が考えられるようになることが、レジリエンス(自然快復力)の発揮につながっているんですよね。

対人関係療法・体験記 病気と対人関係療法 対人関係療法の参考書籍

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